【 画質 と 収差 】

 収差が完全に取り除かれたレンズを 『 理想レンズ 』 といいますが、通常の撮影レンズは硝材特性や製造技術などに依存する残存収差のために理想レンズとなることはありません。( *注 )
 いわゆるレンズ固有の 『 味 』 と呼ばれるレンズ特性の多くはこの残存収差に依るものですが、 画質の本質をなす解像力とコントラストの高低も、この残存収差によって説明することができます。
 ここでは、さまざまな収差の中から球面収差の単純化した例題をもとに、解像力やコントラストと収差の関係について説明したいと思います。
【注:理想レンズと収差】 より厳密には、理想レンズとは 『 平面の被写体から出た光が、 それぞれの出発点に対応する露光 “ 平面 ” の “ 一点 ” に集光し、被写体と相似の “ 歪み ” のない画像を結像するレンズ 』 のことであり、 理想レンズにおける結像を阻害する7つの要因を収差と呼びます。

 左のふたつの図は、本来は光軸上で一点に集まるべき光線が球面収差によって前後にずれている状態を表しています。
 しかし、このふたつのレンズは結像点のずれ方の違いから異なったレンズ特性を示すことになります。
 すなわち、a.は解像力が高いものの絞り開放ではコントラストが低いレンズ、また、b.は解像力では a.には劣るものの開放からコントラストが高いレンズとなります。

 解像力の高いレンズとは結像する一点に多くの光線が集まるレンズと考えることができます。
 右のふたつの図は、a.のレンズにおける絞りの変化と光線の集光状況を示したものです。
 ここで、絞りを開放にした a-1.では解像力最良点を取り巻くハロ ( Halo:光の暈 ) によるコントラストの低下があるのに対し、 中間絞りの a-2.ではレンズ外周部からの光線が遮断され、すべての光線が解像力最良点に収束する理想的な結像となることを示しています。
 一般にコントラストの低い画像は画質的には問題視されるものですが、このレンズなどは、開放における収差の意図的な活用によって、 フレアをかけながらもピントの芯を残したボカシ効果を狙ったレンズだといえます。

 一方、コントラストが高いレンズとは、a.のレンズ特性からも分かるように、解像力の優劣に関わらず、 結像点の周りに広がるハロを可能な限り抑えたレンズだと言えます。 ( *注 )
 上の図の a.と b.における橙色の矢印は、絞り開放におけるコントラストの最良点を示したものですが、 その間隔の大きさから a.よりは b.のほうがコントラストにおいては優っていることが分かります。
 一般に、a.、b.のふたつのレンズに見るように、コントラストは絞りを絞るに従って改善していきます。 ただ、b.の場合には拡大図からも分かるように、いずれの絞りにおいても結像する光線が一点に定まらないために解像力が著しく向上することはなく、 最高解像力は被写界深度と回折とのふたつの要因を満足させる絞り値によって決定されることになります。
【注:ふたつの最良点】 ファインダー像で認識できるかどうかは別にして、収差のあるレンズでは a.に見るように、 解像力の最良点とコントラストの最良点が異なるためにピントの合焦点が複数存在するのが普通です。

 撮影レンズにおける実際の収差の現れ方は以上の説明に示すほど単純ではありませんが、 このように画質を左右する解像力とコントラストはレンズの収差に深い関わりがあるといえます。
 絞りを絞ることによって解像力が増加するという現象は、すでに 『 収差と回折と分解能のグラフ 』 によって示しましたが、 その理由はここに示した収差の仕組みにあり、また、コントラストと収差の関係についても上記に説明のとおりです。

 このように収差の観点から 『 絞り 』 というものを考慮した場合、 それは 『 明るさ 』 や 『 被写界深度 』 の制御のみならず、『 画質 』 に大きく関わるものであり、 また、回折の影響を受けない範囲においては大きな絞り値(F値)ほど高画質になると言えます。

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