【 解像力 と MTF 】

 1850年代のザイデルによる収差論の完成以降、撮影レンズ性能は飛躍的な向上をみたにも係わらず、 コダック社の研究員によって 『 写真の画質は撮影レンズの解像力だけでは決定できない 』 ということが明らかにされるまでに要した100年という時間は、 人が美しいと感じる画質の本質を客観的に捉えることの難しさを示すひとつの事例なのだと思います。
 ここでは、先人達によって策定された画質の評価基準として、緻密な表現性能を示す 【 解像力 】 、 粗い表現性能として近年になって追加された 【 コントラスト 】 、 また、それらと画像の関係、さらに、高密度撮像素子における画質制御について説明したいと思います。

 右の図は、横軸に 『 空間周波数 』 を採ったMTFグラフで、 縦軸がレンズによって結像される画像の 『 MTF ( Modulation Transfer Function ) 』 を表しています。

 空間周波数とは耳慣れない言葉ですが、周期的に白と黒を繰返す縞模様の間隔を示す値で、この図では左から右に行くに従ってその間隔が狭くなることを表しています。
 一方の MTF とは結像される縞模様の明確さを示す数値で、上にいくほどコントラストが高いことを示しています。

 また、 『 ふたつの点像が識別不能となる間隔の逆数 』 と定義される解像力は、MTFグラフにおいては各測定曲線のMTFがゼロになる地点の空間周波数とみなすことができます。
 なお、矢印で示した理想レンズの解像力 ( 限界解像力 ) は回折の計算式によるエアリーディスク半径の逆数となります。


【 MTFグラフ と 画質 】

 さて、本題のMTFとコントラストの関係ですが、 MTFグラフにおけるコントラスト性能はグラフの左側でのMTF値の大小によって表わされます。
 この 『 左側 』 という但し書きは、 『 コントラストの認識度は 10〜30本/mm 程度(35mmフィルムの場合)の低周波に大きく左右される 』 というヒトの生理反応に基づくものです。
 言葉だけでMTF曲線とコントラスト、さらにコントラストと画質との関係を理解するのは難しいので、 ここでは画像編集によって作成した擬似画像をもとに説明を続けます。

 先のMTFグラフに示した3本の曲線は、それぞれ次の特性を持つレンズを表しています。
        a.: 解像力もコントラストも高い高性能レンズ
        b.: 解像力は高いものの、コントラストは低いレンズ
        c.: 解像力は低いものの、コントラストは高いレンズ

 また、下に示した3つの画像は、 a, b, c それぞれのMTF曲線を持つレンズによって作成される擬似画像です。



 『 解像力の高いレンズであれば、そこそこの画質が得られるであろう 』 という先入観からすれば、靄がかかったような b.の画像は意外に思われることでしょう。 確かに文字を見れば、 a.に比較しても解像力は高いと言えますが、コントラストが低いために減り張りのない画像という感は否めません。
 この画像に示されるように、画質にとってコントラストは解像力にも劣らない重要要件であるとの認識から、 ソフト・フォーカス・レンズや絞り開放付近での ぼかし効果 のように意図的な場合をのぞき、 現在では 『 解像力は高いがコントラストは低い 』 というクラシカル・レンズは全く見られなくなりました。

 一方、 c.の画像は、文字などは判別できない程の低解像ではあるものの、一見したところは大きな破綻もなく、 画像としては b.よりもむしろ好ましい印象を受けます。
 事実、この 『 解像力が低くてもコントラストが高ければ、そこそこの画質が得られる 』 という現実は、 画素ピッチの小さな撮像素子における重要な画像処理要件のひとつともなっているのです。


【 コントラスト・マジック 】

 フィルム・カメラからディジタル・カメラになって実現が可能となったもののひとつに、画像処理ソフトウエアによるコントラスト調整が挙げられます。
 ディジタル・カメラはこのコントラスト調整により、レンズによって結像した画像のコントラスト・バランスを自由に変更することが可能になったのです。

 左の画像 x.は、先のMTFグラフでは青い点線に相当する解像力の低いレンズによって作成される擬似画像で、画像 c.を作成する元画像となったものです。
 解像力が低くコントラストが中庸のレンズからフィルムによって出力される画像を x.とすると、ディジタル・カメラの場合には同じレンズを使ったとしても、 いったん撮像素子に結像する画像からカメラに内蔵されたソフトウエアでの調整によって、画像 x.よりもコントラストの高い画像 c.や、 それ以上のコントラストを持つ画像 d.すらをも出力することができるのです。(脚注参照)

 すでにで述べた 『 高密度の撮像素子に結像する画像が回折ないしは収差の影響によってボケる 』 という現象を、 『 画素ピッチに対してレンズの解像力が低い 』 という問題に置き換えて考えれば、 このコントラスト調整は高密度撮像素子における画質低下への効果的な対応策と言えます。

 しかし、露光面に結像される時点ですでに欠損がある情報から作り出される画像 d.が、フィルムによる画像 x.よりは高画質になるとしても、 高性能レンズの解像力とコントラストを如実に反映する画像 a.と同等の画質になる訳ではありません。
 また、本来はボケて見える筈の画像上部のバゲットやサラダ菜が a.よりもくっきりと見える d.のような画像処理は、ヒトの視覚に違和感を抱かせる大きな原因ともなります。
 このコントラスト・マジックが作成する画像に潜む魔力の効用限界を示す 『 解像力 』 『 コントラスト 』 に続く第三の評価基準の検討は、ディジタル世代に課せられた新たな課題なのだと思います。

【注】 画像編集ソフトウエアをお持ちであれば、上の画像をコピーしたうえで、画像 x.を元にして、画像 c.や画像 d.が作成できることを確認することができます。

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