標高350mの林内に自然状態のままの沼が残っているが,今年は雨が少ないためかすっかり干上がっていた。全面が丈の高いスゲ属の1種に被われていたが,一ヶ所だけ隙間があってフロウソウ Climacium dendroides が群生,そのほとりの濡れた泥の上にちょっとだけ貼り付いていた。
葉が背中に偏向して立ち上がり,不規則に波打ってくしゃくしゃに見える。これが一番強い印象で,こんな姿の記憶は今までにない。葉の間に虫の卵のような造精器(多分)があちこちに見えるが,単に葉陰の茎に乗っている感じで,葉の付け根がぷくっとふくらむ通常の雄花序の形をしていない。こんなのもあまり記憶にない。
葉身細胞は細い尖ったペンで線を引いたような明瞭な薄壁で,トリゴンも完全にない。葉縁の細胞は小さいが(±30μ),下に向かって次第に大きくなり,基部では長く伸びて80μを越えるものが混じる。これも一つの特徴であろう。
一番注目したのは油体で,Junngermannia としては小さくて(2-6μ),数が2-10(15)と多い。形は不明瞭な影のある球で(一部楕円体もある),まばらに散らばって夜空の星のようだ。細胞内での油体の占める量(上から見た面積)が極端に少ない。Jungermannia にこんな種があるのだろうか。
ここまで書いたところで先に進めなくなり中断,急遽山田耕作博士に見ていただいた。結果は正しかったのだが,自分のは同定とは言えず単なる「仮説」。本来自分で解決すべしと思っているが,量も少なく水辺のもので 2度と採集できないかも知れないという恐怖があった。「分からないままに隠岐から消滅」というのは面白くない。できれば,再度採集して生殖器官を見たい。本種は Jungermannia としては例外的な雌雄同株(monoicous)かつ列立同株(paroicous)。
それにしても,ヒトスジツボミゴケ J. unispiris,チャツボミゴケ J. vulcanicola など,あり得ないような Jungermannia が続いている。本種は日本固有で「近畿以西・四国・九州」の分布だというが,確認できた記録は三重(2)・奈良(2)・大阪(2)・兵庫(1)・愛媛(1)・福岡(1)だけである(タイプ産地は愛媛県)。兵庫県ではレッドデータになっていた。広島大学の標本データベースには 1点もない。屋久島のリストにもない。
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韮は咲く 淋しき白と 知りて咲く 原田濱人
韮咲いて 世の隅にある 心地かな 片山那智児
韮の花 しばらく夕日 とどまれり 西村秋子