目にした時はクシノハゴケ Ctenidium capillifolium かと思った。“葉先が毛尖状に伸び出してトゲトゲしい感じ”がよく似ている。頭のどこかに既視感はあったのだが,本種のことは思い浮かばなかった。今まで 2度出会っているが,今回は基物が樹幹(低木)ではなくて岩上の腐植土であったためもある。
クシノハゴケとの違いは,・茎葉と枝葉の形の差がない,・茎葉の基部が下延しない,・帽に毛が全くない,・あまり這わないで短い枝が束になって出る,等色々ある。また,現物を見ての印象では,葉が大きくて色も薄く柔らか,なよなよした感じがより強い。しかし,決定的な違いは”茎の切断面で表皮細胞が大きく薄壁”という点である。ハイゴケ科 23属の中でこのようなものは,他にはハイゴケ属 Hypnum の一部とフクロハイゴケ属 Vesicularia,そして特殊なヒメコガネハイゴケ属 Podperaea,ダチョウゴケ属 Ptilium だけの少数派ではないかと思われる。この事実が属を確定するのに非常に役立った。
属はよいとしても近似種ツクモハイゴケ H. trufacea との区別が困る。検索表では,・葉の長さ,・葉身細胞の幅,・細胞壁の厚さ,・蓋の形,等で判断するようになっているが,いずれも今一つ明確ではない。葉身細胞の幅が,8-10μが本種で 4-6μならツクモハイゴケだそうであるが,実測値は 5-8μでどちらとも言えない。葉によっても差が出る。ただ,ツクモハイゴケは「やや扁平に葉をつけ(そう見える),葉先が下方に多少曲がる」という傾向は明瞭なようなので,抹殺することにした。もう一つの根拠はツクモハイゴケが寒冷地の種で,Usually 800-2100 m (rary down to 500 m) in altitude in central Japan. (Z. Iwatsuki 1970) の記述である。5点の標本はすべて 100 m 以下の低山地で採ったものだ。
過去にツクモハイゴケと同定したこともあったが,今回やっと確信が持てて自分のものになった気がする。なお,この属の特徴で「大形で薄壁の狭い“下延部”」が発達するが(前記の下延とは意味が異なる),これは非常に見にくい。茎を慎重に検鏡して角度の合う場所を捜す必要がある。
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ためらひて ゐしが一気に 杏咲く 岡田イネ子
花杏 珈琲を挽(ひ)く 朝の刻 岩城久治
咲き籠めて 村は杏の 乳ぐもり 上田五千石
背面の葉も立ち上がって開いている枝が大多数ですが,下の方で曲がって葉の上部が茎に平行 に伏せているような枝も混じります。“扁平”志向でしょうか。以前ツクモハイゴケと間違えた小型のものがあるのですが,これは大勢としてそのようになっています。
それしても乾湿で全く変化しないのは印象的でした。微動だにしません。ついでに,葉身細胞の幅をまた測ってみたのですが,やはり 5-8μくらいで「 8-10μ 対 4-6μ」の中間のように思えます。