溜池の水際の岩上に大きな純群落が続いていた。色は灰色を帯びた黄褐色で,一番印象が強かったがうまく表現できない。コケ用に色名の統一基準が作れないものだろうか。文献では,オリーブグリーン(Amakawa 1960),淡緑色または黄緑色(Inoue 1976),となっているが環境によって変化しやすいらしい。
Jungermannia には茎の立ち上がり方(基物との角度)で,3つのパターンがある。
(1) 基物上を水平に這う。仮根を茎から直角に出して貼り付くので,剥がすのが厄介。ただし,茎の先端部は例外。たまたま斜上した群落でも,下に重なる他の個体にからみつく。
(2) 茎は直立に近く,這わない。仮根は明瞭な一本の“束”になって茎と一体化し,とても仮根には見えない。
(3) (1) と(2) の中間。茎は斜上し,上部の仮根は揃って茎沿いに流れ下る。基物に貼り付く感じはなく,バラバラと簡単にほぐせる。
本種はタイプ (3) で検索表は尼川博士のものを使ったのだが,違った行き方の平凡社版の検索表もたどってみることにする。
A. ペリギニウムが発達。→ B. 葉は円頭。→ C. 仮根は茎から出る。→ D. 油体がある。→ E. 鞭枝は出ない。→ F. 仮根は“束”にならない。→ G. 雌雄異株。→ H. 葉縁の細胞は著しく厚壁,ではない。→ I. 茎は葉を含めて幅 1.5mm以上。花被は多稜。→ J. 葉は幅が長さと同じかより広い。→ K. トリゴンがあり,油体に眼点がない。→ L. 油体はブドウ房状ではない。→ M. 葉は幅が長さよりやや広い。
途中で“雌雄異株”が分かりにくいが,雌雄同株なのはオチツボミゴケ J. otiana 一種で「雄苞葉が花被の直下につく」ということから排除できる。また,この検索表では葉の形態,特に幅と長さの縦横比が非常に重要である。また,分布が四国,九州となっているが,これは初期の論文のまま。近畿・中国地方での確実な記録がある。
「日本産苔類図鑑(井上浩)」によると,・葉が類円形,・背縁が茎を少し流れる,・細胞膜が薄くトリゴンがほとんど発達しない,・油体が2まれに3個で微粒からなる,・ペリギニウムの発達が悪く花被の長さの1/2以下,が本種の重要な特徴である。他の種の可能性は考えられないが,ごく稀に油体の数が5個以上になる葉があることと,油体にホリカワツボミゴケ型の眼点が見られる場合があることが,多少気になった。
※ 08.9.10 重大なミス,(2) を(3) に訂正。
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下萌ゆと 思ひそめたる 一日(ひとひ)かな 松本たかし
下萌えや 犬が駈(か)ければ 家鴨まで 小田まこと
草萌えて ドボルザークが 聞きたき日 草間時彦