一昨年秋に採集,仮に コメバギボウシゴケ Schistidium liliputanum としていた標本(2006/10/27の日記)のことである。最初の出会いが自然度の高い山地だったことが災いしたようだ。市街地の道路上であったらもっと早く同定できたかも知れない。ギボウシゴケの仲間以外には所属を思い付かず,赤味が強いので仕方なく S. liliputanum にしていた。
本種 D. vinealis を知ってまだ2ヶ月にしかならないが妙に分かりにくい種だ。これといった特徴がなく胞子体も頑として付けない。無性芽も稀にしか見られない。葉身細胞も基本的には矩形・薄壁であるが,そうとばかりも言い切れない。大体,フタゴゴケ属 Didymodon などというのがあるのを知らなかった。センボンゴケ科でパピラの明瞭でない種に要注意である。
本品について,まず「ホソバギボウシゴケ S. strictum ではない」ことを確かめようとして来たのだが,今まで確信が持てなかった。今回,中肋切断面の構造が決定的に異なることに気付いた。S. strictum の場合,表皮細胞・ガイドセル・ステライド細胞の 3者に肥厚の差がなく,穴(細胞内腔)の大きさも同じようなものである。いわば中肋内部はガイドセル兼ステライドからなっていて均質である。一方 D. vinealis は大きなガイドセルと,極端な厚膜で内腔が小さい(ひしゃげた)ステライド細胞からなる,という典型的な姿をしている。腹側のステライド部分が狭いのは本種の特徴の一つ。
最初の時にも中肋切断面を見ているのだが,気付かなかったのはギボウシゴケ類という思い込みのせいで上の空だったからに違いない。先入観で観察結果がどうにでもなるのは,何もコケに限ったことではない。今まで何度も経験している。
本種とホソバギボウシゴケはよく似ていて,並んでいることも多いがどうも生え方が違う。本種はぎっしり密に固まって直立し,大きく絨毯のように広がる(ハリガネゴケ Bryum capillare にそっくり)。ホソバギボウシゴケの方は純群落であっても全体が一続きになることはなく,柔らかい小さな塊が接して並ぶという感じで隙間が多い。ルーペを使えば,葉の開出(湿った状態)の様子ではっきり分かるが,どう違うのかはうまく表現できない。
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野ブドウの 蔓を残して 冬ざるる 浦野芙美
冬ざれや たゞれて赤き 寒苺 村上鬼城
冬ざれの 輝きにある 椿かな * 甲良