分布についてはよく分からない。井上博士の解説では,『本種は欧米ではよく調べられ,著しい変異をもつことが知られており,日本では北川(1962, 1965)が青森県恐山から記録している。』(1985 ”隠岐諸島産苔類の植物地理学的研究”)となっていた。児玉務氏の『近畿地方の苔類』には,大阪府の標本が 1点ある。平凡社の図鑑では,「北海道〜本州」となっているので北海道にもあるのであろう。カラー図版は福島県での撮影である。いずれにしても隠岐産苔類のうちでは注目種の 1つと思う。
道路沿いの(100m alt.)岩上に濃緑色のマットを作っていた。ぎっしり集まって立ち上がり高さ 1cmほどになってよく目立つ。目視では近縁種のツクシヤバネゴケ Cylindrocolea recurvifolia によく似ていて区別がつかない。 しかし,手で触ってみればツクシヤバネゴケは硬くて強靱,ゴワゴワの感じですぐ分かる。生育場所も違って,渓流沿いの水をかぶりやすい岩上,半分水に浸っていることも多い。
腹葉が大きくて顕著なので,コバノヤバネゴケ C. micropylla ではないことを確かめればよい。八ヶ岳の特産種キレハヤバネゴケ C. massalongii は無視する。一番よい区別点は,葉身細胞が薄壁〜「やや厚壁」で,決して「著しく厚壁」ではない点であろう。また,「雌雄異株」であることも区別点である。昨年 5月の標本には雌花がついていたが,同株・異株を判断できる知識が未だない。葉の背面の棘については,保育社の図鑑にコバノヤバネゴケの異様な絵があるが(強調し過ぎ?),本種では多細胞の突起が混じりもっと鋭くそびえ立つ感じがある。ある種の恐竜の背中を連想した。
何よりも,茎の長さが 2,3mmしかなくて見付けにくいと言われるコバノヤバネゴケに対し,本種は 5mm以上,10mmを越えるものもあって大きさの次元が違う。クッション状に広がっていて,遠くからでも肉眼で十分。多少引っかかった点は, 2細胞性の無性芽(10×20μ前後の楕円体)がつくことになっているが,ほとんどが 1細胞性であったことである。
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秋草の 花こまやかや どの道も 中村汀女
秋草野 又の名花野 溺れんか 高橋睦郎
秋草を 活けてしばらく 酌み交す 平きみえ