チャボヒシャクゴケ S. stephanii かもしれないが念のために・・・と採集。よく似ているのだが何となく感じが異なっていた。帰って調べてみるとかなり難しい。というか,手掛かりも平凡社の図鑑の検索表くらいしかない。コケではこういう小さな差を区別しなければならないので大変である。一般人の感覚では「すごい」ではなく,「ばかばかしい」ということになりそうである。少なくとも家内は常々そう言っているし,自分でも時々そう思う。他人は黙って言わないだけであろう。
まず S. stephanii ではないことを確かめるためにキール部分を見た。多少の厚味はあるが,「明瞭な翼」とはいえない。S. stephanii では,平坦で細長い翼らしき部分が見えるのが普通である(切片を作らなくても)。何よりも,背片と腹片の開く角度が大きい。特に背片は,背中の方へ反り返ってよく目立つ。一番重要な点は,背片腹片とも円頭で S. stephanii のように明瞭な鋭頭にならない(特に背片で)ことである。また,背片が大きくて茎を覆い反対側へはみ出しているのもよい特徴である。
それから先はかなり微妙になる。まず,コヒシャクゴケ S. parvidens は現在本種のシノニムにされているので,背片が腹片の 4/5以上かどうかは無視して通過する。検索表のその先は「葉縁の歯が広三角形か長披針形か」となるが,これはどちらでもない! 広三角形のシタバヒシャクゴケ S. ligulata は実態が全く分からないし,長披針形の本種 S. parvitexta とすると,細胞長 12.5-15μmが気に入らない。18-22μmともう少し大きい。ベルカについては,著しくはないが疣状の凸凹がはっきりと認められる。
結局,シノニムの S. parvidens 型ということで(背片の大きさがやや不満)本種と同定しておく。T. Amakawa and S. Hattori : A revision of the Japanese species of Scapaniaceae を購入することにしよう。幸い値段は安いし,普通種 S. stephanii も多形なので参考になる。
今回採集したのは,低山地の渓側の岩上(草の陰)できれいな黄緑色をしていた。実は,以前に一度採集したことがあったが,何故かすっかり忘れていた。そちらは,林道の切り取った崖の湿土上(陽地)で頭が濃い薔薇色に染まっていた。いずれも小規模の純群落である。
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雲蒸して 降りなやみたり 栗の花 小川千草
栗の花 落ちて交錯 してをりし 池田秀水
栗咲くや 切れぎれに過ぐ 主婦の刻(とき) 小星よし子
オオヒシャクゴケの可能性はないのでしょうか。また、コアミメヒシャクゴケは断面を見ると葉身細胞にベルカがよく発達するのが見えるはずです。
もう一度現地へ行って,決着をつける必要があります。オオヒシャクゴケの可能性も考慮に入れて。