採集記録を調べてみたら新旧取り混ぜて次のようだった。西表島・石垣島・沖縄本島・奄美大島・屋久島・宮崎県・長崎県・愛媛県・三重県・伊豆半島・小笠原諸島。南のもので珍しい種とされているようだ。隠岐にあるのが不思議だが,シマヒョウタンゴケ Entosthodon wichurae のことを思い出した。これも,琉球が分布の中心で稀産と考えられている。胞子が風に乗ってやって来るのだろうか。
家の目の前,3kmほどの所に無人島がドカンと浮かんでいる(周囲 5km,標高 130m)。昔は炭焼きや薪取りの用事があったが(50年前),今は誰も立ち入る人はいない。国立公園ではあるが,無人であることだけが取り柄のような島で,コケ相もごく単純である。今回は島に祭ってある祠の修理に出かけた。
暇を盗んで暖地性のシダの自生地を確認しに行ったら,そこの小さな流れの転石に貼り付いていた。“二次茎は立ち上がる”ことになっているが全くそんな兆候はない。特徴的な無性芽も全然ない。偶然つまんでみただけで,偶然の恐ろしさを感じる。一生知らないままで終わる可能性もあった。生長は十分ではなさそうだが,多分 10m以上にわたって続いている。現地は蒸し暑くて蚊がいるし,注目種だとは知らないのでよく調べなかった。
ただ,キチンと 3列に並んでついている葉と,芒になって長く伸び出す中肋で,すぐに初めて出会った種だと気付いた。ルーペだけで同定できる数少ないコケの一つである。場所は日本(または中国)で,最近整理された(H. Kruijer 2002)上記学名を採用するという条件のもとで。今までは,L. struthiopteris, L. nazeense, L. trichocladon の3種があることになっていたが,そのいずれとも少しずつ異なっていた。これら 3種の形質を混ぜて都合のよい特徴を抜き出せば,採集品ができあがる。変化の大きい種だと思う。一つの種に統合されていなかったら随分悩んだに違いない。
ナゼゴケという和名は,L. nazeense のタイプ産地が“Japan: Naze”となっているので,奄美大島の名瀬市由来かも知れない。なお,L. struthiopteris のタイプはレユニオン島(インド洋の絶海の孤島)のようで,新学名で分布が急に広がった(日本・中国から)。アフリカのコケについてのWEBページに以下の記述があった。
L. struthiopsis occurs in sub-Saharan Africa, including the East African Islands; also widespread in SE Asia, and in tropical Australia and Pacific Ocean islands.
なお,保育社・平凡社の図鑑で3列目の葉を“腹葉”と言っているが,背中(基物の反対側・仮根の出ない上側)の葉も“腹葉”なんだろうか?A. Noguchi (1991)や "Moss Flora of China" では amphigastria という語になっていて,これは蘚類の場合「背側」をも意味する。
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咲き出でぬ びえうの柳 たよたよと 蛇足
花蕊の かくまで繊(ほそ)し 美女柳 石村華子
ひとりゐて 未央柳の 雨ふかし 上野好子