この変種についての全情報は,以下の2つの短文しかない。本当にない。写真も図もない。これで同定してよいものかどうか?
(1) T.Huruki (2001):「本州中部以北の落葉樹林帯以上に分布し,腹鱗片は先がやや尖ることや,その縦横比が1.3-1.4倍(フタバネゼニゴケは1-1.2倍)であることで区別される。また,雌器床の裂片がつねにすべて大きく発達する。」
(2) T.Kodama (1972): 「鱗片の付属体の形で区別される。北日本の温帯にみられるが近畿ではまだみていない。」
なお,(1) の“縦横比”についての記述は,「腹鱗片は」ではなく「腹鱗片の付属体は」とみなすことにした。フタバネゼニゴケの腹鱗片の縦横比が1-1.2倍,ということはあり得ないから。そして,(2) も考慮して,付属体の形と縦横比を重視することにする。
縦横比もさることながら,見た目の印象がフタバネゼニゴケとは異なる。フタバネゼニゴケは真の円に近いものがほとんどで「円い」。この採集品は,多少の変化はあるものの一目「長細い」。円に近づくものもあるが,先端は尖り気味で“ハート形〜卵形〜楕円形”,縦横比は1.1-1.6倍となった。
一方,(1) にいう「雌器床の裂片がつねにすべて大きく発達する」であるが,これが“裂片はつねに同じ長さ”を含意するなら,困ったことになる。採集品は,まず隣り合った2本が発達し(二羽),更にその反対側の1本がかなり発達して“三羽”状になる。そして,そしてそれらに挟まれる両側の裂片数本もやや発達する(1/2長)。上から見ると雌器床の全体は楕円の形。
先日初めて見たフタバネゼニゴケが完全な二羽で,残りの裂片は丸く縮まって全く発達していなかったので,本品は一見別物に見えた。しかし,ネット上の写真を色々見ると相当変化が大きいようである(同定を信用するとして)。これなら,今回のものはフタバネゼニゴケの変異内のものである。自信がなくなって来た。
ここまで書いたところで,井上浩(1969): 「フタバネゼニゴケにははっきりした二つの形がある。一つは北日本またはブナ帯から亜高山にあり,腹鱗片の付属物に弱い鋸歯が出て広卵形のもので,今一つは本州中南部から西日本に多いもので,腹鱗片の付属物はほぼ円形に近く,へりは全縁である。」に気付いた。「広卵形」はよいとして,「弱い鋸歯」は微妙である。確かにへりは低く波打つように凸凹して,全縁とは言いにくいのだが・・・。
やはり,腹鱗片の付属体を重視して,雌器床の裂片については触れてない。よって,同定の正解確率は70%と考える。結果はどちらであってもよいが,はっきりするまで何度も現地に通うことにする。
【付記】
『校庭のコケ』(古木 2002)に,フタバネゼニゴケの付属体の拡大写真が出ていた。縁には多少の出っ張りが見られ完全な全縁ではない。縁の感じは今回の観察結果とほぼ同じ。更に「関東より北では基本種のツヤゼニゴケ M. paleacea が生育しているが,区別は難しい。」とある。
同定を変更したくなったが,「付属体に長いのが多く混じる」ことにこだわってそのままにしておく。ただし,正解率は50%にダウン。
---------------------------------
実梅落つ ひそかな音の 梅雨に入る 長谷川素逝
実梅もぐ 青きひかりの 中にかな 川村斐子
青梅や 充ちゆくものは 香を持てり 荻原季葉
雌株(黄色く弾けた胞子体付き)しか確認出来ませんでした。なにしろ危険で近付けなかったので……
これもゼニゴケの変化範囲と捉えて良いのでしょうか……
しかし,図鑑のサイズを大きく超えるのは珍しいです。他のコケでも,図鑑の最大値よりは小さいのが普通だと思います。
古木・水谷(2004),山田・岩月(2006)
ゼニゴケの文献を捜したのですが,適当なものが見つかりませんでした。同定は簡単そうなのでまあいいかと思っています。
中国が苔類図鑑を出してくれると嬉しいのですが。蘚類の方はもう少しで完結です。記載は平凡社の図鑑並みで簡潔すぎるのが難点ですが,検索表のみで説明なしの種はありません。図版も結構あります。図書館になければ,買ってもらって下さい。ねじこまないで平身低頭し(笑)。
日本と共通種が多いですし,同一種でも欧米のものより日本に近いように感じます。
中国だけでなく東南アジアの図鑑も欲しいです。「マレーシアのコケ」というような。それと、苔類はNoguchi図鑑のようにまとまったものが欲しいです。