ホソバギボウシゴケ Schistidium strictum と比較してみることにした。両種とも身近にあって，コケを調べ始める前から見知っていたが，名前はその頃同様「であろう・・・」のままだった。今は同定に自信があるのだが，それでも本気で調べてなくて後ろめたさが残っている。特にケギボウシゴケは「確実に自分のものにした」という気がせず，野外で出会っても気安く「ヤーこんにちわ」という気分にはなれない。
日頃真剣に見てないし標本もそれぞれ3点ずつしかないので，やや独断的な仮説ということにする。今後正しいかどうかをチェックしてゆきたい。この2種を比較してどれだけの意味があるのか。種を同定するには，更に検索表をたどることが必要になるわけだし。ただ，入門段階の人はまずこの2つに必ず出会うはずだ。これ以外の種を先に採集するようなことはないだろう。そういう意味で，初心者にとっては意味のある比較だと思う。
● (1) 環境・分布状況
Ｇ： 陽当たりがよくて乾いた大岩で見かけることが多い。「少ない」という感じはしないが，「どこにもでもある」と言えるほど多くもない。
Ｓ： どちらかと言えば半日陰の湿り勝ちの岩を好む。林道のコンクリート擁壁に一面に広がっているのをよく見かける。人家の庭など人里にも多く，最も普通にあるコケの一つである。
● (2) 生え方・色調
Ｇ： 太い棒が密に直立しているような印象を与え，固くてがっちりしている。岩にしっかりくっついて剥がしにくい。葉先の透明尖が白く見える。色は目視でオリーブ〜黒，特に黒が印象的。褐色のコケは数多いが，黒く見えるものはほとんどない。
Ｓ： 柔らかな固まりを作り，茎は斜上したり枝が出たり，「直立」という感じではない。簡単に剥がれる。濃緑〜紫褐色，陽の当たる場所では赤色（or 黄）を帯びる傾向が強い。
● (3) 〔朔〕
〈量〉
Ｇ： 雌雄異株でたまにしか胞子体をつけない。
Ｓ： ほとんど常に胞子体がついている（冬〜夏）。
〈形〉
Ｇ：楕円形〜卵形で上部がやや細い。 Ｓ： 円筒状。上が多少太め。
〈帽〉
Ｇ： ※ 未確認。蓋をすっぽりと被い，壺の口部に達するという。
Ｓ： 異常に小さく申し訳程度。蓋の頂部にちょこんと乗っているだけで，長さも短く裾の広がりも極端に狭い。要するに蓋は丸出しで裸に近い。
〈蓋〉
Ｇ： 三角錐でかなり高い，やや急に尖って嘴となる。
Ｓ： ドーム形で平たく，嘴が突出。ベレー帽（男性用）に似ている。
〈色〉
Ｇ： （黄〜）オレンジ。 ※ あまり多くを見ていないので不確実。
Ｓ： 真紅。沈んだ色で濃く，ドキッとする。著しい特徴だが，種の検索表には出てこないので，赤い近縁種もあるのであろう。
〈軸柱〉
Ｇ： 蓋と一緒には脱落しない。※ 未確認。
Ｓ： 蓋についたままで一緒に落ちる。変わった性質だが確かにそうだ。確認は蓋が外れ始める仲春がよい。
〈口環〉
Ｇ： 確かにあるにはあるが，発達がよくなくて見にくい。方形の小さな細胞が（1-）2列見える。�飮�を取り去った方が見やすい。
Ｓ： ない。口部は横長の〔朔〕壁細胞のみ。 ※ これで属は正しいことが分かる。
〈外〔朔〕歯〉
Ｇ： 基部外面はツルツルでパピラがはっきりしない。
Ｓ： 全面に点状パピラがぎっしりで，非常によく目立つ。
● (4) 葉身
〈乾いたら〉
Ｇ： 真っ直ぐな状態で，そのまま茎に接するのみ。全く縮れない。茎頂はむしろ開き気味で細く尖ることはない。
Ｓ： 多少湾曲して背中がふくれ，先端は茎に圧着。強いて言えば，やや紐状かつ覆瓦状の感じになる。そして茎頂は尖って見える。
〈透明尖〉
Ｇ： 透明な針状に伸び出す。1.5-2.5mm。針であることは明瞭で短くても0.5mm以下にはならない。茎の上部の葉で見るとよい。
Ｓ： 先端は鋭尖して鋭く尖るが，透明尖は痕跡的で通常は針にならない。単に葉の先端が透明化する程度。長い場合でも0.2mm程度。
※ 〔朔〕がない時は，ルーペでの一番分かり易い区別点であろう。単に尖って光るのみか，針状に「伸び出す」か。
〈葉縁最下部の1列〉
Ｇ： 細く長い矩形の細胞が縦に並ぶ。
Ｓ： 横長の，小さな楕円形〜矩形。
※ 変化はあるがこの差は明瞭。
〈厚み〉
※ 焦点移動でも察しがつくが，切片を作るのが確実。
Ｇ： 上半部では2層の部分が増え，葉縁からほぼ全面に及ぶことも多い。
Ｓ： 上部でも2層になる場所は1部に限られる。焦点を移動して，葉面に条（すじ）状の色の濃い部分があることを確かめてもよい。
● (5) 学名
Ｇ： Grimm はドイツの医者・コケ学者。 ※ そういえば「赤ずきんちゃん」の作者も同姓。 pilifera は「毛状」で透明尖のこと。
Ｓ： Schist はギリシア語の「分裂」から，分裂するのは�飮�（or 帽）。 strictum は「真っ直ぐ」，何が真っ直ぐか不明。
● (6) 種数
Ｇ： 世界に 95，北米 43，日本 15種。残念ながら隠岐にはただ 1種。高い山がないので他の種は期待できない。
Ｓ： 世界に 120，北米 30，日本 7種。隠岐には今のところ 1種のみ。他の可能性としては次の 2種くらいか。
コメバギボウシゴケ S. liliputanum ・・・葉縁基部の細胞が縦長の矩形。
ギボウシゴケ S. apocarpum ・・・〔朔〕壁の細胞が縦長の矩形。
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いちぢくの すがれたる実に 冬の雨 山口青邨
あさましく 柚子落ちてあり 冬の雨 原石鼎
電柱と ごみの袋と 時雨けり 大串章
