人里（市街地〜農耕地周辺）にごく普通にあるのが，本種とオオホウキゴケ J. infusca，ホリカワツボミゴケ J. horikawana の 3種。逆にこれ以外の Jungermannia はほとんど見られず，本拠地は山地の特殊な環境になる。
Jungermannia は取りつきにくく難解という先入観があったが，原因はこの 3種（身近な普通種）に違いない。それでも，オオホウキゴケは厭になるほど検鏡して変異の範囲をつかんだ。ホリカワツボミゴケは確信を得るまでに時間がかかったが，一旦分かってしまえば後は何ということもない（ユニークな特徴が強い）。本種のみが天敵として今まで残っていた。
これという際立った特徴がなく，どうも実態をつかみにくい種である。今回真っ赤に染まった群落に出会って驚いた記念に，自分なりの決着をつけておきたい。いつまでもモヤモヤを引きずっていると気が晴れないし，小さなコケに負けたままというのも面白くない。
海辺のキャンプ場（家から徒歩 10分）にどっさりあって，新鮮な材料をいつでも入手できる。今回は，海岸へも降りてみたら海蝕崖に巨大な群落が広がっていた（幅 10数メートル）。これだけの規模になるともう一種の景観と言ってよい。時化ると確実に波しぶきをかぶる場所でへエーと感心した。塩分に強いのはフルノコゴケ Trocholejeunea sandvicensis だけかと思っていたが二つ目が現れた。両者とも活き活きとしていて生育状態は極めて良い。
(1) 普通は人里の明るい切取崖，乾燥した（コケとしては）粘土質の土にぴったりと貼り付いて広がる。オオホウキゴケよりも乾燥に強く，群落も規模が大きい。より密で厚みも薄い。もっとも，環境はこれに限るわけではなく，ミズナラ林の転石や山地の薄暗い湿岩で採集したこともある。この種の個性の一つと言うべきかもしれない。
(2) これといった特徴がなく捉え所がない種だが，「小ささ」が一番分かり易い。Jungermannia の中では最も小さい方で，茎の長さは 5-7mm，1cmを越えることがない。
(3) 花被があれば（秋・冬に採集すればよいだけのこと），検索表（平凡社版）で本種かオオホウキゴケのどちらかということになる。しかし，「葉は長さが幅より長く，・・・」という表現はどうであろうか。葉は円に近く，とてもそうは思えなかった。かつて「葉は幅が長さと同じかより広い」をたどって，ハラツボミゴケ J. rotundata だと喜んでいたこともあった（水辺の岩上）。T. Amakawa (1959)の検索表では，「仮根が茎に直角に出て，基物に密着して這う」という性質で，この両種を含むグループに到達できる。
(4) 近縁種オオホウキゴケとの区別は，配偶体の大きさ( 1cm未満）以外に「ペリギニウムが短く，花被の 1/2未満」であることを確かめるとよい。オオホウキゴケは「 1/2以上〜ほぼ同長」でその差は明らかだ。また，「花被は不明瞭な 3稜」という記述に悩んでいたが，「 3稜のものが混じる」というように考えればよい。数稜であっても，3稜が特に強く目立つことが多い（常にではないが）。また，「葉縁の細胞は不等に厚壁」という記載もあって気になっていたが，明瞭なのをやっと一例見付けた。あまりこだわらなくて良いと思う。葉縁細胞が多少肥厚するのは一般的な傾向である。
(5) 「油体の数が 2-12個」と甚だしく変化することを，最も有力な特徴と考えたい。初期の頃から気付いていたが，「球＞楕円体＞紡錘体」と形が変化しこの順に図体もでかくなる。形・大きさの違うものが同一細胞内にしばしば混在する。個数は逆順に，±10＞±5＞±3と一定ではない（大きくなるほど数が減る）。「油体は 2〜5個」となっている文献もあるがこれは一面に過ぎない。同一群落・同一固体内でも葉によって変化がある。色は白く明るいことが多いが緑色のこともある。この節操のなさが重要な特性なのではないかと思う。前記論文（T. Amakawa）には，本種同様に油体数の不定なグループに 4種が挙げてある。
(6) ただし，「油体の数・形の変化が少ないから，本種ではない」とは言えない。このへんが何ともイヤらしい。そうではあるが，今までの経験から（検索表の終点で）オオホウキゴケではないことを確認できれば，本種であると結論して良い。
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朽船（くちぶね）に 過ぎし歳月 草紅葉 小室梅子
健康に 少女脚のべ 草紅葉 富安風生
生きる張り 路傍の草も 紅葉して 鈴木真砂女
今、ハイツボミゴケはどんな種類だろうと悩んでいます。
服部植物研究所報告の『Family Jungermanniaceae of Japan. �機き� (T. Amakawa 1959, 1960）』が必須です。これを熟読したら Jungermannia が分かったような気になりました。現在採集済みのが 14種。
>今、ハイツボミゴケはどんな種類だろうと悩んでいます。
以前，ハイツボミゴケ Jungermannia infusca var. ovalifolia と同定したものが 1例ありました。
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言われて今気付いたのですが，これとツクシツボミゴケをどうやって区別するのでしょう！両方の記載を比べてみてもあまり差がありません。私がハイツボミゴケと同定したものはツクシツボミゴケである可能性が大です。今後の宿題ができました。
葉があまり重なって付かないという特徴があります。油体はツクシツボミと同じです。
ツクシとハイツボミでトリゴンや葉のつき方についての記述に違いはありますか？
ツクシ： 葉縁 Walles subequally thickened, trigons acute 中央部 somewhat bulging
ハイ： 葉縁 Walls thin, trigons acute, often confluent 中央部 somewhat bulging
葉の付き方ですが，ツクシツボミゴケでやや隙間を感じたことはあります。ハイツボミゴケは卵形でより小さいという点に注目でしょうか。
ツクシ： Loosely imbricate ... subquadrate〜rotundate or rarely ovate, 0.7-1.3mm long, 0.7-1.4mm wide.
ハイ： Somewhat imbricate ... often dorsally secund, ovate, 0.9mm long, 0.9-1mm wide.
なお，検索表の分岐は次のようになっています。
ツクシ： Leaves rotundate〜quadrate. Rhizoids colorless to light rose. Oil-bodies 5-12 per cell, rotundate〜ovate〜oblong, not filling cell-lumen. Distributed in lowlands in S. W. Japan.
ハイ： Leaves oval. Rhizoids purple. Oil-bodies 4-6 per cell, rotundate〜ovate, nearly filling lumen (ofJ. infusca type). Distributed in deciduous forest regions.
なお，ツクシツボミゴケは油体が少なく（ 4個以下）なり，大きなゴツゴツした楕円体〜紡錘体，色は明るく白く見える傾向があります。球で多数（±10個）の時以外は「細胞内を埋める」感じはなく，スカスカ（隙間が広い）です。
あと，色や環境にも差があるように思いますが確実ではありません。ツクシツボミゴケはありふれていますが，ハイツボミゴケは関東地方の採集記録を多く目にします。むしろ山雀さんの観察に期待したい。