何故これをわざわざ採集する気になったのか思い出せない。湿岩上の苔類を採集していて，「そばにあったからつい」だったか？普通，葉が細長く尖ったサワゴケ属 Philonotis は採集しないものだ。コツクシサワゴケ P. thwaitesii かオオサワゴケ P. turneriana に決っているから。しかし，家で実体顕微鏡を覗いた途端に座り直した。
中肋が芒状に伸びだして極端に長い。長いものでは，全長 2mmの葉身のうち針状の部分が 0.8mmを占める。細い葉で中肋が突出するのは オオサワゴケだが，単に「少々突出」といった感じで長くても 0.3mm程度。芒状にはならない。かつて，マキバサワゴケ P. revoluta とされていた型だともう少し長いかもしれないが。
すぐに未知の種と思ったのだが，Noguchi: “MOSS FLORA” を見てがっくり。Median laminal cells linear, 50-65×9-13μm, ... となっていて，長さは良いが幅が広過ぎる。実測値はせいぜい 7，8μmしかない。困ってしまったが，同書で他の種の記載を全て見てみることにした。葉身細胞の長さが，本種以外のものは皆 40μmほど，長くても 50μmとなっている。ところが本品は，（芒部を除いた）葉身の 1/2の位置で，50〜80μmで 100μmに達するものもある。実際既知の種と並べて検鏡してみたが，馬鹿馬鹿しいほど違う。はっきり別種であろう。
本種はアジアのものなので欧米の文献がないが，運良くバングラデシュのものが見つかった。
http://dhakai.com/botany/journal-december2006/articles/01.%20Khurshida%20Banu.pdf
Basal cells 60-100 mm long and 8-16 μm broad; middle cells 28-52 mm long and 4-6 μm broad... となっている。葉基部の細胞が他種より極端に大きいのも特徴の一つであるようだ。中肋よりの細胞だと長さ 120μm程度のものが普通に見られる。驚くほど大きくなる。上記“MOSS FLORA”には，Lower cells 30-55×9-13μm となっているのだが，これはどちらも正しのかもしれない。測る位置によって違う。また，葉によっても葉身細胞の大きさが違うので驚かされる。
情報が全くない。わずかに，広島大学の標本データベースに日本の記録が 2つあった。愛知県 1954，三重県 1958。不思議でしょうがない。
【追記】
A. Eddy "A Handbook of Malesian Mosses" では，
Upper laminal cells .... 5-7μm wide and up to 50μm long; .... Interior basal cells .... up to 100μm long.
となっていて，標本の実測値に最も近い。
更に，葉下部の内側（中肋近く）の細胞が巨大化するのは，本種に限ると書いてある（マレーシアでは）。全種の記載を見ると，これは日本でもそのようだ。あり得ないような種の同定には，いつまでも不安がつきまとうものだがこれで大いに安心した。
Philonotis mollis is separated from other fine-leaved species of the genus by its conspicuously enlarged, thin-walled inner basal leaf cells.
なお，東京都奥多摩町日原（石灰岩地）で採られた標本がある，ということを教わった。
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露草の ひそかに藍を 深めをり 水原京子
露草の 日差せば濡れて ゐたりけり 鈴木鷹夫
露草の つゆの言葉を 思ふかな 橋�寮�
