この種には色々な型がでてきて時々悩んでいた。今回は 4番目の型でこの型のものとしては 2例目である。変異はすべて生態型 (Habitat modification) に過ぎないとされているが,今度の標本は全く別の型(隠岐で最も普通な)と接して生えていた。単なる生態型であれば,同じ場所では同じように育ってよいと思うのだが,葉の形・大きさ・葉身細胞の形など,同一種とは思えないくらいはっきり異なっている。ただ,両者の中間型はありそうな気がする。
少なくとも葉身細胞については(葉の下半部で顕著),
(1) 整った矩形でやや薄壁 ⇒
(2) 方形でかなり厚壁 ⇒
(3) 角が円くなり厚角 ⇒
(4) 横長の楕円ではっきり厚壁,
と連続的な変異でつながっている。(2)と (3)は基本的には方形に近い矩形だが,不定形のものも混じる。今回の標本はこの中の (4) のタイプで,新鮮な標本で見るとほれぼれするようなきれいな楕円が並ぶ。他の特徴としては,葉が線状披針形でひょろ長い・葉縁の反曲が狭く目立たない・葉が乾いても全く縮れず茎にピタリと圧着する,などがある。
ホソバギボウシゴケ Schistidium strictum の可能性を疑った。
(1) 中肋が太く,ガイドセルとステライドが分化する,
(2) 葉身細胞に(特に上部の)マミラ状のパピラが出る(切片で分る),
(3) 葉身が 2細胞層の部分はどこにもない,
(4) 密なクッション (Cushion) を作る(センボンゴケ科に多い),
などからそうではないという結論を出した。しかし,もやもやした気分が後に残ったままだった(胞子体や無性芽がないので)。
思い切って「葉腋毛 (Axillary hair)」なるものを捜してみた。繊細で落ちやすいので,茎の最上部の若くて新鮮な葉の葉腋(標本でも可能)で見ることがポイント。茎頂部の葉 4・5枚を丁寧に引張って剥がし,茎に直接カバーグラスをかけて観察する。細長い透明な細胞 4-6個からなる真っ直ぐな糸状のものが見える (×400)。表面は滑らかで先端の細胞は鈍頭。そんなに稀ではなく茎を 2・3本試せば必ず見つかる。
そして,葉腋毛の一番下の細胞(茎の表面に接し,やや短い)が薄い茶色を帯びているのが,フタゴゴケ属 Didymodon の決定的な特徴である。この茶色は非常〜に薄いこともあるが,その上の他の細胞と色(透明感)が違ってさえいればOKである。このことを確認できれば,シズミギボウシゴケ属 Schistidium でないことは疑う余地がない。更に,Didymodonn であることも一意的に確定できて実に気持がいい。
なお,平凡社図鑑の検索表で「葉腋毛は褐色。」となっているがこれはよろしくない。上記のように,褐色なのは根元の 1細胞のみである。
また,[ノート]に「胞子体のないときはギボウシゴケとよく混同されるが,中肋の横断面の形が両凸形であるので容易に区別できる。」とある。
これは,中肋が腹面側に多少膨らむことを意味している。確かにホソバギボウシゴケでは平坦,というよりややへこむような感じがある。しかし,切片を作ったのなら,ガイドセル・ステライド・パピラを見る方がより確実であろう。
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蛇苺 あたりの草の かげは濃き 原田種茅
人知れず 燃ゆるがあはれ 蛇苺 竹中早絵
蛇苺 遠く旅ゆく もののあり 富沢赤黄男