4月に採集したアオシノブゴケ Thuidium pristocalyx の標本に混じっていた。 1本だけだったが,線のような葉身と独特の縮れ方ですぐ目に止った。細く長く錐状に尖った葉身が,大きくゆるやかにうねる。アオシッポゴケ Dicranum caesium を彷彿とさせる。
シッポゴケ属 Dicranum の小形種かまたはススキゴケ属 Dicranella だろうと捜したが,近いものがない。他のものを思い付かずここで随分時間がかかった。一時はシッポゴケ科ではないのかとさえ思った。冷静になって,「翼部が全く分化しない」ことを確認後まず Dicranum を捨てた。 次の Dicranella については,・葉先が鋭頭で,・中肋が非常に細い,ので候補種が限定される。(1) 鞘部の肩がないことと,(2) 葉身細胞が小さな方形(鞘部は長い矩形),であることを使って「該当種なし」の結論を出した。
コブゴケ属 Oncophorus は盲点だった。この属は〔朔〕のコブが強烈なので,葉身細胞のことなんか覚えていない。・ 激しい巻縮と,・ 明瞭な鞘部,のことは知っているが,本種はあいにく 【1】巻縮が弱くて乾いても巻かず, 【2】鞘部の肩は ‘全く’ なくてなだらかに細くなる,というこの属中の異端児であった。
改めてチヂミバコブゴケ O. crispifolius と並べて眺めてみると,なるほど「同属らしい」という雰囲気だ。特に葉身細胞について,(a) 半透明の鞘部では長い矩形,(b) 鞘部を過ぎると急に,角の円い短い矩形(小さくて長さ±10μ)〜方形に変る,(c) かなり目立つ厚壁,という特徴が著しい。ほぼ属が特定できそうな気がする。
以下,普通種チヂミバコブゴケとの違いを更に挙げる。同一種とはとても思えない。
【3】多少の変化はあるが,葉縁が巻きこむように強く反曲する。このため葉縁に薄っすらと舷が見える(単にそんな感じ)。
【4】葉縁の歯は長くて非常〜に鋭く,双歯になることもある。基部の方まで鋭い歯が出ることもある。葉先部は中肋が針状に突出,恐怖を感じるほどの迫力がある。
なお,近縁の属なのかイヌノハゴケ属 Cynodontium なるものに大変よく似ている。特に,イヌノハゴケ C. polycarpum が困る。葉の先端部が平凡社の図鑑の図と一致しない点と(決して先端に葉身はない),高山・亜高山ではないので否定しておく(標本の標高 70m)。葉身細胞のパピラがごく部分的で弱いことも一つの理由。しかし,この種は〔朔〕にコブができることもあるという。う〜ん,なかなか意地が悪い。
しかし,いずれであっても私的にはちょっとした事件である。採集記録のリストを 13種(府県単位)見たが,オオコブゴケはどこにも出てこない。屋久島にもない。広島大のデータベースにも日本の標本はない(中国: 5,ロシア: 1)。イヌノハゴケは福島・埼玉・長野の記録のみがあった。これもなかなかの稀産種。
場所ははっきりしているので,雨が晴れたら捜しに行こうと思う。もっと量が欲しい。あわよくば〔朔〕も。かけら 1本の標本では何か落着かない。
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