この属のものはノコギリコオイゴケ D. serrulatum しか知らずあまり馴染がない。ノコギリコオイゴケに似ているというのが第一印象だったが,(1) 葉の先端が円頭で尖らず,(2) 葉縁の微鋸歯も感じられない,ので違う!思った。といってもタカネミゾゴケ Marsupella emarginata ssp. tubulosa とも違うようだし・・・,といった中途半端な気持のまま持帰った。葉の折れ目(キール)があまり顕著ではなく,見ようによってはタカネミゾゴケに見えてしまう。
しかし顕微鏡下ではまるで違うものだった。本種は葉身細胞のトリゴンは「無し〜小さい」で,油体はほぼ球形(径5μ)のが3〜6個ほどある。葉形も浅い凹頭ではなくて,腹葉と背葉にはっきり分れている。花被は長い円筒形で目立ち,先はすぼんで縦皺が寄る。確かに科が別だけのことはある。一方,同一の科なのにヒシャクゴケ属 Scapania のことは考えなかった。葉縁に歯がないこともあるが,葉が細長くて鎌状に曲る(根元の方へ)この属特有の印象のためであろう。
同定上難しい点はないが,マルバコオイゴケ D. obtusifolium との区別はきちんとしておきたい。マルバコオイゴケは (1) 花被の直下に雄苞葉がつく(雌雄列立同株 paroicous)というが,本種の方は (2) 雄苞葉の並ぶ部分(背葉が小さく密に重なっているので分る)の下から枝が出て,その枝の先端に花被がつく。しばしば枝が対で 2本出ていたりする。これは大きな違いである。しかも,「夏から冬にかけ大形の花被をぎっしりつける」というのもありがたい。
花被がないときは,マルバコオイゴケの「葉の先の方が微鋸歯状になる」ことを使えばよい。縁が 1つの滑らかな線にはならず,細胞の形を反映したかすかなデコボコが出る。平凡社の図鑑のマルバコオイゴケモドキの記述「縁は微鋸歯状」は間違いなのではないか(Amakawa & Hattori 1955 では全縁 margin entire)。そもそも検索表と矛盾している。
他に印象に残った点は,葉縁から内部にかけて少しずつ細胞が大きくなり,中央から葉身基部に向けて急に細長く伸びることである(長さが幅の 3〜5倍)。この属には多少ともこのような傾向(ビッタ状)が見られるようだが,本種はそこの部分に明瞭な紡錘状の影(縦条 striolate)が現れる。
「近畿地方の苔類 」 (児玉 1971)では,‘多くない’となっている。そしてマルバコオイゴケの方は更に稀なもののようだ。ただ,大山(鳥取県)には多いということなので,隠岐にも見付かる可能性がかすかにある(高度不足)。
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万緑や 日月われを めぐるのみ 野見山朱鳥
万緑に 首までつかり 老いてゆく 三船熙子
万緑の おのれ亡き世の ごときかな 岸田稚魚
シロコオイゴケ程ではなかったのですね。シロコオイゴケは乾燥標本にすると実体顕微鏡でも茶色い筋が認められます。
本種のは,その部分が「条状に長く伸びる」ことはなくて,ビッタの感じはしません。実体顕微鏡で観察できるような顕著なものでもないです。
その領域の細胞表面の「明瞭な紡錘状の影(縦条 striolate)」は,標本でも確認できましたが,そんなに目立ちません。
マルバコオイゴケ・マルバコオイゴケモドキ・ホソバコオイゴケの3種は、結構適当に分けました(苦笑)。
なるほど。私もScapaniaについてはそんな印象を持ちました。マルバコオイゴケモドキについては「特徴がはっきりしていて分かり易い」と思っていたのですが…。他の種を見ていない所為でしょう。
このところ,シダのヤマイヌワラビ類を調べていますが「何だこれは」という感じで,段々分からなくなって来ます(笑)。イラクサ科ヤブマオ類で経験しましたが「適当に分ける」のが正解ということもあるようです。あるいは「これ(個体)はどちらでもない」と無視するのも。専門家でもそうしている。
現在進化(分化)中…,ということでしょうか。○○複合体(Complex)という言葉は,便利ですね。
イヌワラビだけは雑種をなかなか作らないのでしっくりきます。
ヤマイヌワラビの雑種については、遺伝子ではちゃんと分類できます。
ミヤコヤブソテツ・イズヤブソテツ・ヤマヤブソテツは遺伝子では分けられません。ベニシダについては無融合生殖種は分けられません。
オオイタチシダとナンカイイタチシダも同様です。
ヤブソテツ・ベニシダ・イタチシダの「分けられません」は痛快ですが,「遺伝子が同じなら分ける意味はないのか?」という疑問は残ります。また「遺伝子が同じ」とは,どのレベルでの話なのかと思ってしまいます。人間では親族関係まで推測できるようですし。
ヤブソテツ・ベニシダ・イタチシダの仲間は形態が連続しているので、分子系統樹に種の実態を反映させる事がなかなか大変です。
形態が連続しているので、本当はマルバベニシダなのにエンシュウベニシダと同定して解析してしまう事があるためです。
そういう事が起きて分子系統樹がおかしくなったとします。
きれいにおかしくなればいいのですが、バラバラになったら大変です。
現実はバラバラになってしまったそうです。
また、ヤブソテツに関して言えば、アロザイム酵素多型解析では違いが多すぎて(多様過ぎて)まとめられないそうです。
Taxon60(3) june2011:824-830
Molecular phylogeny and taxonomy of the fern genus Anisocampium(Athyriaceae)
要点は、イヌワラビとウラボシノコギリシダがAnisocampium属になること、ヒメホウビシダとヤマイヌワラビ類が同じクレードに入る事でしょうか。
また、著者はAnisozampiumに共通する特徴として、葉柄基部が細くなる事を指摘しています。しかしこれはイヌワラビには当てはまりません。
丹後さんはどう思われますか。
論文の結論については,「そうなんですか。驚きました。」と言う他ありません。信じないわけには行かないでしょう。突飛な結果で印象に残りそうです。
私としては,ウラボシノコギリシダでも捜してみることにします。隠岐の記録はあります。