キヌイトゴケ属 Anomodon であろうとは思ったが,それらしい種が見当らずかなりウロウロした。仕方なく消去法で本種に行き着いたが,その確認にまた時間がかかった。「葉基部の両翼が明らかに耳状に下延する」という表現と,保育社図鑑の図版に引っかかったためである。採集品では「両翼は茎へ流れず(下延せず),わずかに円くふくらむ程度(5,6細胞幅)」に過ぎない。もっとも,野口先生の著書では " Rounded at the basal angles (not decurrent) " となっているし,図も観察結果にぴったり一致する。
この種には大小の変異があるというし(標本は枝葉の長さ±1.2mmの小型),葉形にもかなり変化があるようだ。はっきり耳状の翼部をもつものもあるのであろう。いずれにしても,翼部の観察はそのつもりで(耳状のふくらみを予期して)丁寧にやった方がよい。図鑑には「葉の基部が下延することは,葉をとったあとの茎や枝を調べるとよい」と書いてあるが,むしろ実体顕微鏡下で 1枚ずつゆっくり剥がした方がよいと思った。翼部もついて来るし,ちぎれてないという確認もできる。しつこいようだが「下延」はしない。
「葉は乾くとよく巻縮し」という記述もあるが,葉が内側に曲がって先端が茎に接する程度で,いわゆる「巻縮」の感じはあまりない。同属の他種(茎に密着して紐状)と比べての相対的な表現であろう。また,葉の下半部(卵形)に出る波打つような横皺が顕著だが,これはコマノキヌイトゴケ A. thuraustus に共通している。しかし本種は,・中肋が葉頂付近(15,6細胞下)まで長く伸びる,・乾いて葉が茎に密着はしない,・葉先がボロボロにこぼれない,ことで簡単に否定できる。
よく似ているのはキスジキヌイトゴケ A. viticulosus のようだが,絶対的な区別点が見付からなかった。少なくとも今回の標本では翼部の差も微妙である。一応以下のような違いがあるらしい。
(1) 大型で二次茎の葉は長さ 2.0mm以上。乾いた時の縮れ方が弱い。
(2) 葉は徐々に細くなって行き,急に狭くはならない。葉の上半部が細長く伸びて円頭。
(3) ほとんどの場合石灰岩上に生える。
・石灰岩上に進出して大型化,・別種ではあるがよく似ている(現物を知らないとどちらか分からない),というよくあるパターンかも知れない。「A. viticulosus は茎に中心束がある」とした記載もあるが(本品にはかけらもなかった),安定した形質かどうかはっきりしない。
なお,近似種の葉先は完全な円頭になるようだが,本品は擬似円頭の葉が多かった。一見円頭に見えるが実は「広〜く尖って」いて,頂端の 1細胞がはっきり確認できる。なかには,本当の円頭や「尖った(やや広く)」葉も混じる。この葉形の不統一はどうも本種の特性の一つのようである。
日本では樹幹につくことが多いが,湿った林内の立ち上がった岩(垂直面)にあったので,似たようなものだ。やや高い場所が好みのようで,標高 600m以下の隠岐では稀少だと思う。
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荒地野菊 日あたりながら 枯れにけり 舘岡沙緻
猫じやらし 絮(わた)まで枯れて をりにけり 清崎敏郎
布袋草 でんぐりかへり 枯れはてぬ 加藤三七子