【 ポスト・フルサイズ 】

 ディジタル技術の進歩によって、コンパクト・ディジタル・カメラはフィルム・カメラでは想像もできないほどの小型化を達成し、 撮像素子の画素数もディジタル一眼レフにひけを取らない性能にまで発展しました。
 現時点ではフィルム・カメラとほとんど同じ性能のディジタル一眼レフも、 さらに高性能の撮像素子が搭載される時点で 『 大型のフィルム・カメラを不要のものとする 』 とまで言われてもいます。
 しかし、高性能化=高機能化×小型化 というディジタル携帯家電の一般則とは裏腹に、現在の35mmフルサイズを頂点とするディジタル一眼レフは、 今後はより大きな撮像素子を利用する “ 中判カメラ ” へとその発展領域を拡大していきます。

 その大きな理由は、ひとつには撮像素子の 『 急激な価格低下 』 であり、またひとつには画質と画素数に関わる 『 解像力の論理的な制約 』 です。

 最初の理由である 『 急激な価格低下 』 は撮像素子がシリコン・ウエハーへの精密印刷という、極めて習熟曲線に乗り易い製造方法に起因します。
 価格構成のほとんどが撮像素子価格に依存していた過去の例を振り返るとと、98年末に360万円で発売された EOS D6000(600万画素) が、 7年後の05年に EOS 5D(1,280万画素) で35万円となるまでに、控えめに見ても年率35%の価格低下が起きたことになります。
 さらにここ数年の加速状況を考え併せると、2010年までには 2,000万画素 の35mmフルサイズ機が 10万円 を切ることとなり、 メーカーとしても、より高価な大型撮像素子を利用した中判カメラの検討に入らざるを得ません。


【 画質と画素数 】

 ふたつ目の理由である 『 解像力の論理的な制約 』 とは、一般にはほとんど知られることのない光の物理的な特性に起因します。

 ディジタル画像の構成単位となる画素は、多ければ多いほど緻密な画像が得られるため、 その数の大小を示す 『 画素数 』 は画質の評価における重要な要件とされています。
 ディジタル・カメラで画素数を上げるには、面積の大きな撮像素子を利用する以外に、面積を変えずに画素密度を上げる ( 画素を小さくする ) という方法があります。 事実、これまでのディジタル・カメラの画素数の向上は実質的には画素の高密度化によって達成されてきました。
 一方、同一の画素数でありながらも画素密度が大きく異なったカメラの画質比較においては、 これまでは 『 画素としての定性的な働きは画素の大小には関係しない 』 という暗黙の前提のもとに、 ISO感度やノイズなど、主に電気的特性からの定量的な議論がなされてきました。

 しかし、たとえ画素数が同じでも 『 画素の機能にはその大きさが関与する 』 となれば、画質に関する評価は今までとは大分異なったものとなる筈です。


【 新たな課題 : 回折 】

 一点から出た光を高性能レンズを使って集めた場合でも、狭い空間に廻り込む回折 ( かいせつ ) という現象によって、 集めた点像の大きさには、それ以上には狭められない論理的な限界があることが知られています。

 右の図は、一点から出た光によって結像する点像の大きさを、エアリーディスクの計算式をもとにグラフ化したもので、 縦軸は点像の半径を、横軸は絞りのF値を、赤、緑、青の各線はそれぞれの色波長による計算値を表しています。
 また、ふたつの矢印はフィルム粒子の大きさと撮像素子の画素ピッチを示したものですが、 撮像素子の画素ピッチはフィルム粒子に較べ微小なほうへ大きく伸びていることが分かります。
( グラフのクリックでエアリーディスクの計算式と用語の定義を表示します )
 ここで、縦軸のディスク半径は、近接するふたつの点像を点像として分離できる限界の距離【分解能】と等価であることを考えれば、このグラフから、 例えば次のようなことが読み取れます。

 横軸の絞り値 5.6 から上に進んだ緑の線との交点からディスク半径が 3.8μm であることが分かります。 これは絞り値が 5.6 の場合には 3.8μm よりも小さな画素ピッチを持つ撮像素子では点像が複数の画素に跨ること。
 すなわち、3.8μm よりも小さな画素ピッチでは、絞り値 5.6 よりも絞り込んだ場合には、近接するふたつの点像をふたつの画素では見分けることができず、 画素としての本来の意味を失うことを表しています。
 その結果、左の例に示すように、画素数が同じであっても撮像素子の大きさによって、生成される画像の解像度は異なってくると推測されます。
( 画像のクリックで拡大画像と画像の生成過程を表示します )

 また、上の図は、絞り値 11 前後で全ての色波長のディスク半径がフィルム粒子の大きさ ( 6〜8μm ) を上回ることから、 ベテラン写真家の 『 絞り過ぎると画質が落ちる 』 という経験的な知識を裏付けてもいることが分かります。

 このように、今までのフィルム・カメラでは一部の写真家だけに知られていた事実が、撮像素子の高密度化によって、 『 ひとつひとつの画素が画素としての機能を果たさなくなる 』 という大きな問題として顕在化してくるのです。


【 実効画素数 という概念 】

 右の図は、エアリーディスクの計算式をもとに、さまざまな撮像素子について、実際に画素としての効果を発揮する “実効画素数” と絞り値との関係をグラフ化したものです。
 例えば縦軸中央の 1,000 万画素 ( 10,000 K Pixel ) を横に進んだ場合、1/1.8型撮像素子で F2.8、フォーサーズで F7.0、 APS-Cで F9.0、35mmフルサイズで F13.8 などの値を読み取ることができます。
( グラフのクリックで総画素数/画素ピッチ、及び計算表を表示します )

 これらの数値が意味するものは衝撃的です。これらの数値は、撮像素子の画素数が 1,000 万 である場合、 その 1,000 万 の画素が画素として有効に機能する最大の絞り値を示しているのです。
 より具体的には、1,000万画素のコンパクト・カメラがその能力を発揮するのは広角側の絞り開放だけであり、 望遠側 ( F5.6 ) では実効画素数は 254万画素 にすぎないこと、 また、1,000万画素の能力を F11 まで保証するには、撮像素子は35mmフルサイズ以上が必要なことを示しているのです。

 このように、撮像素子の大きさによって 『 すべての画素が有効に機能する絞り値には上限がある 』 こと、 さらにその上限値を超えた場合には 『 実際に画素として機能する実効画素数はひと絞り絞るごとに半分づつ減少する 』 ことが、 特に面積の小さな撮像素子には大きな制約となって現れてくるのです。


【 回折と収差の狭間で 】

 実効画素数を確保するために 『 撮像素子が高密度になればなるほど絞りを開く必要がある 』 ということは、 必ずしも 『 絞りを開けば問題は解決する 』 ということを示唆するわけではありません。 絞りを開くに従って 収差 がレンズ外周部の屈折光の影響によって増大していくからです。
 例えば、アサヒカメラ 2007年6月号の 『 ニューフェース診断室 』 における ツァイス プラナー T*50mm F1.4 ZF の実測値によれば、 中心での解像力は F5.6 で 180本/mm、F1.4 で 80本/mm です。
 これは分解能に換算すると、F5.6での 5.6μmが、絞り開放の F1.4では 12.5μmにまで劣化するということを意味します。

 左の図は、前出のエアリーディスクの緑色波長の回折曲線に、上記のプラナーの分解能を収差曲線として、 また、ふたつの曲線のうちの大きい値を合成曲線として描き加えたものです。

 この合成曲線に見るように、撮影レンズの分解能はその最小点 (解像力の最良点) から、絞りを開くときには 『 収差 』 の影響により、また、 絞りを閉じるときには 『 回折 』 の影響によって増大 (解像力は低下) していきます。

 収差曲線の傾きや回折曲線との交点は各レンズの収差特性によって異なるものの、 以上により一般の撮影レンズが最大の解像力を発揮する絞り値は F5.6〜F8 と言われています。
 一方、フィルム粒子を分解能に対応する感光単位と考えれば、その大きさは解像力の公表値から 6〜8μm の範囲にあると言えます。

 このふたつの数字は合成曲線の底部で縦横の数字に一致していることから、非常に合理的な関係にあることが分かります。
 さらに、この関係を言い換えれば、画像の作成に 『 レンズという光学原理 』 を利用する限りは、感光媒体がフィルムか撮像素子かに関わらず、 レンズの分解能より小さい感光単位では意味がないことになります。(脚注参照)

 先の1,000万画素のコンパクト・カメラ(画素ピッチ:1.9μm)では、便宜上 『 能力を発揮できるのは広角側の絞り開放だけ 』 としましたが、 それは収差のない理想レンズを想定した場合の話であり、 現実的にはフィルム粒子の半分にも満たない画素を機能させるレンズなどは存在せず、 結果的に、実効画素数は 【 撮像素子の面積÷フィルム粒子の大きさ 】 に近い値となるのです。
( グラフのクリックで撮像素子ごとの実効画素数や、解像力とMTFの関係 を表示します )
 以上の考察から、いま以上の画質向上を図るにはフィルム時代と同様に撮像素子の面積を大きくする以外に方法はなく、 さらに、撮像素子の急速な価格低下も相俟って、 今後のディジタル・カメラ開発の中心は中判カメラへ移行していくものと考えられます。

【注】 画素数過多による弊害:実効画素数を上回る画素数を持つ撮像素子は、 実効画素数に相当する解像度の画像を実画素数まで伸張するため、 情報量の増大や効果的な画像編集を困難にするなどの点で問題があると思われます。

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